リールの演奏について
仙台でコンサーティーナを弾いているRyoです。
今回は私がアイルランド音楽で一番好きな「リール」の演奏について考えていきたいと思います。
リールは一般的に4分の4拍子で表される快速なダンス音楽です。
アイルランド音楽らしさを出すためにはどのように演奏すればよいのでしょうか。
リールのリズムについては、地域性や奏者による違いがあり、一概にこうだと言うことはできません。
ある程度共通している部分を見つけ、現時点の私の考えとして以下にまとめていきたいと思います。
リールの演奏で大切なことについて、私が現時点で考える結論は、フレーズを途切れさせず推進力を生み出すこと、2・4拍目(オフビート)を大切にすることの2点です。
推進力を生み出す
リールがダンス音楽であるため、踊れる音楽であるはずです。
そのためにはリズムを停滞させず推進力を常に生み出すことが重要だと思われます。
(曲を前進させるための勢いである「ドライブ」という表現も見られます。)
私は曲を停滞させないために、特に裏拍から始まるロール(オフビートロール)の部分が大切だと考えています。[譜例1]
私が「表拍ロール」「裏拍ロール」と呼んでいるものの詳細については以下で説明しています。
アイリッシュコンサーティーナにおける装飾音について #4 ロールを使わないときの注意点
The Sessionを始めとする楽譜サイトでは、裏拍ロールの部分を次のように記載している楽譜が散見されます。[譜例2]
裏拍から八分音符3つ続く部分を、1+2に分割する記譜です。
実際には、この部分で多くの奏者はロールやトリプレットなどを使用したり八分音符を3つ弾いたりしており、譜例2のように演奏されることはありません。
譜例2のように演奏してしまうと曲の停滞を引き起こすため、譜例3のように記譜するのがより適切だと思われます。
なお、現在は楽譜を使用することもありますが、アイルランド音楽はもともと口承で伝わってきたものであり、本来はこうした間違いは起こらなかったものと推測されます。
この部分の奏法については楽器によって選択肢があります。私も詳しくない部分もありますが分かる範囲でまとめてみます。
- フィドル……ロール、トリプレット
- イーリアンパイプス……ロール、クラン
- ホイッスル、フルート……ロール、トリプレット、クラン
- バンジョー、マンドリン……トリプレット、八分音符3つを弾く
- ボタンアコーディオン……ロール、トリプレット、八分音符3つを弾く
- コンサーティーナ……ロール・トリプレット、八分音符3つを弾く、四分音符と八分音符を弾く(ex. Mary McNamara)
このことは、カナダのボタンアコーディオン奏者、Stiamh Ionasさんの動画で解説されています。
チャプター「4:36 Why you can not do nothing in place of a roll on an off-beat…」を参照すると、先程の譜例2のように弾いて次のように話しています。
この(裏拍から始まるロールの)部分でロングノート(四分音符)を弾くと、曲をストップさせてしまい、推進力を失います。
個人的な考えでは停滞しやすい理由として、譜例2のような弾き方をすると1・3拍目にアクセントが置かれがちになり、後述する2・4拍目(オフビート)が失われやすくなることもあると思っています。
ロールの生み出すアクセント効果
アイルランド音楽で特徴的な装飾音であるロールの効果について考えてみたいと思います。
今回はフィドルのロールについて注目してみます。
フィドルの奏法について解説されている「Complete Irish Fiddle Player」では、ロールのアクセントについて次のような説明があります。
ロールが発生する符点四分音符を3つに分割すると、アクセントを付けられるのは2つ目または3つ目のいずれかになります。
Peter Cooper(2010). Complete Irish Fiddle Player. p.71
すべてのフィドラーがまったく同じ方法でロールを演奏するわけではありません。
リールで3つ目の八分音符にアクセントを付けると、それはオフビートと一致します。
表拍ロールでは3つ目の八分音符にアクセントを付けるとオフビートが強調され、裏拍ロールでは2つ目にアクセントを付けると同様にオフビートが強調されます。
奏者による違いや、ロールが発生する位置に違いがあるにしても、独特なアクセントが生まれることは間違いなさそうです。
それでは、ロールの部分のオーディオの波形を見てみましょう。
こちらはコンサーティーナ、フィドル、ギターの演奏です。この部分ではギターは裏拍を強調していません。
黄色の部分はAddd、Acccの裏拍ロールです。実際は半音上げで演奏されています。
コンサーティーナとフィドルのロールの効果で、オフビートで波形が飛び出しているのが分かります。
続いての曲はアコーディオン、フルート、フィドル、ハープなどによるセッション風の演奏です。
こちらもAFFFの裏拍ロールの部分です。
ロールの効果で3つ目の八分音符が少し強調され、4つ目も同じくらいしっかり演奏されています。
これは例外的ですが、フィドル奏者のKevin Burkeは、ロールの途中で弓を切り返すことでオフビートを強調しています。
それにより強いドライブが生まれています。
2・4拍目(オフビート)を大切にする
リールで推進力を生み出すためには、2・4拍目、つまりはオフビートを弱くしないことが重要だと考えます。
The Sessionの以下のDiscussionでは、リールのリズムについて次のような内容の書き込みがあります(意訳ですみません)。
・アイルランドのリールでは、オフビートを強調することが重要。
・リールでオフビートが欠如すると、曲に規則的なフレージングをつけることができなくなる。
・アイルランドのリールのオフビートは、強調されているかどうかに関係なく常に存在する。
・アイルランド音楽ではダウンビート(1・3拍目)で足を踏み鳴らすが、これは安定したテンポを維持するためで、ダウンビートを強調するためではない。
実際に、私もアイルランド音楽の演奏を始めた頃、足踏みをする影響もあったりして1・3拍目に重心を置いてしまい、とても曲が停滞した経験があります。
ただし、間違えないようにしたほうがいいのは、ロックなどのように2・4拍目を極端に強調するものとは異なるということです。
1・3拍目を弱くするというわけではありません。
ここからは、なるべく根拠を明確にしたいので実際の音源をオーディオの波形で見てみましょう。
まずはフィドルの演奏です。
1・3拍目に対して2・4拍目は均等か少し強くなっています。
フィドルは弓の返しによりアクセントを付けやすい楽器だと思います。
イーリアンパイプスの演奏(足踏み音あり)です。
足踏み音で1・3拍目が強くなっているものの、2・4拍目が弱いということはなく均等に近いです。
コンサーティーナとアコーディオンの演奏です。
これはダンスのタップ音が入っている音源ですが、波形はまだダンスが入っていない部分です。
アコーディオンのベースで裏拍を刻んでいる効果もあるためか、全体を通して1・2拍目に対して2・4拍目が強めです。
アイリッシュフルートとブズーキの演奏です。
フルートなどの管楽器は、1・3拍目にブレスをすることで2・4拍目に自然とアクセントが付きますね。
この演奏ではその他の部分はほぼ均等です。
いろいろな波形を見てみると、1・3拍目に対して2・4拍目は均等か、それ以下になることは少ない印象です。
もちろん曲や奏者によっても強弱の付け方は異なりますが、リールにおいて重要な点だと思います。
まとめ
リールでは、八分音符が3つ続く部分でフレーズを途切れさせないことと、足踏みや手拍子の位置に惑わされずオフビートにも意識を向けながら演奏することでドライブが生まれる、というのが現時点での考えです。
伝統的なアイルランド音楽は地域性や奏者による違いというものが大きく、そこから「アイルランド音楽らしさ」をすくい取るのはとても大変です。
しかしこうして共通する要素を明らかにしていくことで、少しでも本質に近づいていきたいと思っています。
私自身まだまだ勉強中ですので、Twitterなどでお気軽にご意見やご感想などいただけたら幸いです。
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